大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和41年(う)1091号 判決 1967年10月12日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人永田圭一作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点について

論旨は、原判決の事実誤認を主張し、被告人は、土屋長三郎の慢性胃炎による疼痛を鎮静させるため治療の目的で、本件麻薬を交付したのである、というのである。

よって、本件記録および当審における事実取調の結果を検討し、次のとおり判断する。

そもそも、麻薬は、鎮痛麻酔薬としてすぐれているのであるが、一方これを長期にわたって反覆施用するときは、必然的に中毒に陥らせ、ついには廃人となるに至らせる危険な薬品であることにかんがみ、麻薬取締法は、厳重にその施用等を規制し、麻薬の濫用による保健衛生上の危害を防止し、もって、公共の福祉の増進を図ろうとしているのであって、同法二七条三項は、麻薬施用者であっても「疾病の治療以外の目的で、麻薬を施用し、若しくは施用のため交付し、又は麻薬を記載した処方せんを交付」することを禁じているのである。従って麻薬施用者たる医師は、この法律の精神にそって、麻薬が注射薬たると内服薬たるとを問わず、その施用等について特に慎重を期し、いやしくも習慣性を招くおそれのある麻薬の施用等は厳に慎み、この習慣性を軽視して安易に施用等を継続することがあってはならないのであって、治療目的の名のもとに、ほしいままにその施用等を反覆することは許されないところである。然らば、疾病の治療としてどのような範囲のものが許容されるか、それは結局社会通念に従って決するほかはないが、要するに、医学上一般に当該疾病の治療のために麻薬を使用することが必要かつ相当であると認められる範囲をいうのであって、「疾病の治療以外の目的で」麻薬の施用等をするというのは、当該疾病の治療のため必要でもなく、また、相当でもないことを認識しながら麻薬施用等をすることをいうのである。そこで、麻薬施用等の必要性と相当性とについて案ずるに、≪証拠省略≫によって認められるような、外科手術の際の麻酔のとき、癌の末期的症状における激痛のとき、その他激痛鎮静のための緊急必要のあるときなどに麻薬を使用する場合を除いては、一般的に麻薬の習慣性となるおそれがあるのに、長期間にわたり安易に、かつ、反覆して麻薬を施用のため交付することは、名目はそれが患者の疼痛を鎮静または緩和させるというのであっても、正当な治療の範囲を逸脱したものであり、その必要性と相当性とがないといわなければならない。これを本件についてみるに、≪証拠省略≫によれば、本件のような医療麻薬を内服する場合においても、連用すれば中毒になるおそれがあることが認められるところ、原審で取り調べられたすべての証拠によると、被告人は、昭和三四年三月頃土屋長三郎を初診し、急性大腸炎と診断し、下痢が止らないという訴えに対しエマホルムの中に麻薬オピアル五〇倍散を混ぜて投薬したのが始まりで、土屋に請われるままに麻薬の分量を増加して連用させたが、昭和三七年一月四日に至り同人に対し、慢性胃炎という診断のもとに、パパベリン散一グラム、重曹三グラム、ロートエキス〇・〇三グラム、オピアル五〇倍散(麻薬オピアル一に対し、乳糖四九の割合で混合したもの、以下同じ)三グラムの処方一日分を三包(一包に麻薬オピアル二〇ミリグラムを含有)にして五日分計一五包ずつを交付したが、土屋は一ヶ月にこの五日分を一〇回も一五回ももらいに来るのでその後連用による麻薬中毒の害を考え、同年三月三〇日からオピアル五〇倍散を減量して一日一・五グラム(一包に麻薬オピアル一〇ミリグラム含有)の処方に変え同年一二月末まで続けたが、土屋が効かないから効くようにしてほしいとうるさく言うので、昭和三八年一月五日から再びオピアル五〇倍散を増量してパパベリン散一グラム、重曹二・五グラム、ロートエキス〇・〇五グラム、オピアル五〇倍散二グラムの処方一日分を三包(一包に麻薬オピアル約一三ミリグラム含有)にして一回に五日分を与え、これを昭和三八年一二月末まで続けたが、土屋は、この五日分を二日程で服用してしまう状況であったこと、昭和三九年一月五日からは、また、処方を変えて、パパベリン散〇・一グラム、オピアル五〇倍散一グラムを頓服用の一包(麻薬オピアル二〇ミリグラムを含有)として一回に一〇包ずつ交付するようになったが、被告人は、このままでは重大な事態になることを思い、同年七月九日から一回に右頓服を三包しか渡さないことにし、麻薬取締官の注意により、同月一六日限りで土屋に対する投薬を中止したのであって、その投薬の回数、数量は、(一)昭和三七年一月四日から昭和三八年一二月三一日までの間に、毎月九回ないし一六回合計三〇八回にわたり、毎回七・五グラムないし二〇グラム(五日分ないし一〇日分)合計二九八九・五グラム(その内、麻薬オピアルは五九・七九グラム)のオピアル五〇倍散を含む内服薬を毎回一五包ないし三〇包に分包して合計四六七〇包を施用のため交付し、(二)昭和三九年一月五日から同年七月一六日までの間に、一月中一四回、二月中一五回、三月中一八回、四、五、六月中各二一回、七月中一四回、合計一二四回に毎回一〇グラム(但し、うち四回は二〇グラム、二回は一五グラム、四回は五グラム、七回は三グラム)合計一二二一グラム(内、麻薬オピアルは二四・四二グラム)の麻薬オピアル五〇倍散を含む頓服を、一包に右オピアル五〇倍散が一グラム(麻薬オピアル二〇ミリグラム含有)ずつはいるように分包して合計一二二一包を交付した(右(二)のみ起訴せられた)ことを、それぞれ認め得られる。そして、≪証拠省略≫を総合すれば、慢性胃炎の治療方法としては、食餌療法のほかに薬物療法等があり、薬物療法としては、その症状に応じ、アルカリ剤、酸剤、苦味剤、消化酵素剤、食思亢進剤等が用いられ、疼痛の主訴のある者に対してはロートエキスを用いることを通例とし、時には麻薬を施用することを要する場合があるけれども、土屋のような慢性胃炎の疾病に対し前記認定のとおり麻薬を連用することは、治療上必要でなく、また相当でないことが明らかである。

次に、被告人がそれを知っていたことは、前記の証拠により昭和三四年三月土屋を初診以来、麻薬オピアル五〇倍散を混合投薬し、次第に麻薬の分量を増加して連用させ、被告人自らもこのままでは土屋が麻薬中毒になると考え、同人に対し、その旨警告したけれども、同人から腹痛を理由とし、しいて頼まれるので投与を続け、昭和三七年一月頃、土屋に麻薬中毒の疑があることを知り、同人に対し薬を連用してはいけないと注意し、同年三月から麻薬の分量を減少したけれども再び増量し、昭和三八年初頃には、いよいよ麻薬中毒の危険を感じ、もう薬を渡さないと言ったが、土屋からしつこく頼まれるままに投薬を継続し、また、土屋は、被告人がいない午後来院し、被告人から指示を受けている看護婦からオピアル五〇倍散のはいった薬をもらって帰るということが多く、被告人が土屋を診察するのは、一、二ヶ月に一回程度であったことが認められるから、それから判断すると、被告人は、土屋が昭和三八年末頃までにすでに麻薬の連用により習慣性に陥っていることを察知し、同人に対し、麻薬を連用させる必要もなく、また、相当でもないことを認識しながら、原判示のように、昭和三九年一月五日から、大体一、二日おきに、一包に約二〇ミリグラムの麻薬オピアルを含有する薬を一回に大体一〇包ずつ一二四回にわたり、普通薬の交付同然、いな、それ以上安易に、かつ、反覆して交付していたものと認定しなければならない。以上諸般の事情を総合判断すると、被告人は、土屋長三郎に対し、医療の目的に藉口し、疾病の治療以外の目的で麻薬を施用のため交付したものといわなければならない。原判決には所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

控訴越意第二点について

論旨は、原判決の法令適用の誤および審理不尽を主張し、原判決は、前後一二四回にわたる麻薬交付の事実を認定しながら、併合罪の規定である刑法四五条を適用しなかったのは法令の適用に誤があり、しかも、原判示事実中にはオピアル服用によって痛みを止めるという治療目的でなされたものもあるのにその審理を尽くさなかった違法があるというのである。しかし、原判示の麻薬の交付は包括一罪と解するのが相当であり、また、前記控訴趣意第一点に対する説示のように疼痛鎮静のために交付したものが含まれていたとしても、原判示事実全体を治療以外の目的で交付したものと認定すべきであるから、原判決には所論のような法令の適用の誤も審理不尽もない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点について

論旨は原判決の量刑不当を主張するのであるが、本件記録および当審における事実取調の結果を精査し、本件事案の動機、態様ことに長期間にわたり多数回に麻薬を連続交付していること、ならびに諸般の事情を考慮すると、所論の事情を参酌しても、原判決が被告人を懲役六月に処し、二年間その刑の執行を猶予した量刑が不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎薫 裁判官 竹沢喜代治 尾鼻輝次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例